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May 06, 2005

音を聴くと苦しみや痛みが和らぐ

苦しみにとらわれて悪化!
 喘息の苦しさ、刺すような頭痛、アトピーの恐ろしいまでの痒さ・・・。病には苦しい、痛い、痒い…といった症状が伴います。
しかし、その症状にとらわれてしまうとますます悪化します。たとえば、痛みの場合、「痛い!痛い!」と痛さに注意を向けていると、ますます痛くなります。それは、傷口に塩を塗るのと同じ事です。心理学者シーベリーが「健康でありつづけるには、病気にではなく健康に注意を向けていなければなりません」(『人生は心配しないほうがうまくいく』-“ほんのキビダンゴ”を参照)と書いていますが、それと同じことでしょう。

分かっていても気にしてしまう! 
 それが分かっていても、注意を外に向けられる人と、そうでない人がいます。「苦しいとき、痛いとき、痒いとき、それを“気にしない”方がいいのだ」と分かっていても、注意を他の事に向けられず、どうしても気にしてしまう人がいます。「気にしないように」「気にしないように」と思えば思うほど気にしてしまう人はたくさんいます。私もその一人です。
 加藤諦三氏は著作(『悩みの遺伝子』-“ほんのキビダンゴ”参照)で書いています。「悩みを反芻している人は、脳のある部分が膨張している。それは恐怖を管理するところの近くにある脳の箇所で、扁桃核とつながっている」とあります。つまり、苦痛で言えば、その人が持っている遺伝子によって、いやが上にも、苦しみ、痛み、痒みを普通の人以上に気にしてしまうのです。不可抗力なのです。

《 解決案① 》 
 加藤諦三氏は書いています。そのような状態のとき、「今時分の脳は『生きる』という視点からすれば『間違って活動している』と自覚することである。とにかく『脳のある箇所が活動しすぎている』と知ることである」。つまり「気にしすぎている」自分を客観視することによって、それだけでも苦痛は和らぐという。そんなに心配するほどのものではないと安心することによって、だいぶ症状も緩和されるのです。

《 解決案② 》
 自分で自分に向かって「大丈夫、大丈夫、大丈夫」と「大丈夫」を語りかける。とにかく、どんなに苦しくても痛くても痒くても、言葉を出せないならば、意識の中で自分に声をかける。そのことで、症状から注意をそらし、安心感を与えられます。すると、自然治癒力も高まるでしょう。

《 解決案③ 》
 そして、注意をそらすのに、とても有効な方法に「音を聴く」があります。深夜であれば、冷蔵庫の音でも、誰かのいびきでも、遠くを走る車の音でもいい。また、ラジオや音楽でもいいかもしれません。ただ、ボーっと聞くのではなく、肩に力を入れずに一つの音に注意を傾けるのです。「注意をそらす」ということであれば「テレビを見る」のもいいでしょう。しかし、散漫になりがちです。ぼくは、「目は心の窓」といいますが、「耳は心の入り口」と感じています。「聴く」「聞く」ということには、心に対する不思議な働きがあるようです。精神統一も助けてくれます。その聴覚の働きによって、脳の異常な働きをカバーするのです(もしかしたら脳のその部分の沈静化を促すのかもしれない)。

「注意に注意せよ!」
 これらは、西洋医学の“白い薬”のような特効薬ではなく、その効果の表れ方も、少しずつであったり、とても緩やかなものであり、また、誰にでも効果があるということではないかもしれません。しかし、心理学者シーベリーの言葉「注意に注意せよ!」にあるように、何に注意をするかによって幸福は決まるし、健康度も決まるというのは確かなようです。〈END〉

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