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November 09, 2005

美人はパーツでなく全体で見られる

前回「この世をよくしたいならば、この世を愛することだ」

と書きました。

その「この世を愛する」ですが、ようするに、

個々の事象については、

愛せない場合もあるかもしれないけれども

自分をふくめて、自分をとりまく、この世の中ぜんぶを対象に

したら、愛することができるのではないか。

少なくとも肯定することが、できるのではないかと

ことでもあります。


たとえば、悪人がいたとして、

「この悪人がいるから、善人と呼ばれる人もいるのだ」

と考える、すなわち、善も悪も含めたトータルで

見ていくべきではないのか。

そうすれば、この世はいやにならない。


美人や美男子と呼ばれる人がいますが、

多くの人は、

個々のパーツで見ているのではなく、

全体の雰囲気などを見て、

美人とか美男子とかいっている

場合が多いのではないでしょうか。

美人女優とか2枚目俳優と呼ばれる人でも、

からだの一部分だけみると、けっこう

整っていない場合が多々あるものです。

逆に、からだのすべてのパーツが完璧だとしても

人気が凋落すると、輝きがなくなり、

美人とか美男子の形容がふさわしくなくなる、

人からうらやましがられるような存在でなくなる人は

世の中にいくらでもいるものです。


この世全体というと、大宇宙とか、地球全体とか、世界とか

とてつもなく大きく感じるかもしれませんが、

この世とは、その人が感じている、もしくは、その人を取り巻く

すべてだととらえていいのではないでしょうか。

あくまでも、その人がとらえている宇宙であり、世界なのです。

だから、「この世を愛する」とは「その人の周囲のものを愛する」、

「その人を取り巻くこの世の全体を愛する」

ということだと思うのです。


それをたとえ、愛せなくても、少しでも愛する方向にもっていく。

そうじゃなければ、「この世」で生きていくのは、

とてもつらいことになると思うのです。


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November 01, 2005

この世をよくしたいならば、この世を愛することだ。

  テレビで見た将棋連盟会長の米長さんの「これからの時代、生き残るには、既成概念を打破しなければならない」という言葉に共感した。そして考えた。「何を始めるにも、まずは、この時代の大きな変化というものを受け入れなければならない」と。

 つまり「昔はよかった。昔はよかった」とのみ、言っていたのでは、取り残されてしまうだろうということだ。特に、私がここ数年間でたどりついた世間に対する率直な感想は、「昔の方がよかった」ということだから、その考えに安住していたのでは浮上できないとの危機感より余計にそう思ったのかもしれない。

 ただし、ここでいう「変化を否定しないで認める」ということは、“世渡り”としてのことに過ぎない。

 最近、発作の苦しみの中で気づかされたのは、「変化を肯定すれば、世の中から取り残されない」という“世渡り”の方策じゃなくて、

「(変化を含めた)この世のありとあらゆるものを、受け入れ、肯定し、愛する(たとえ、愛せなくても愛する努力をする必要がある)」

という生き方・価値観だ

 私の幼い頃からの人生の変わらぬテーマ(志ともいっていいだろう)は、
神さまから与えられた“この世”を建設的・創造的な方向でよくする
ということ。
 しかし、それを“この世”を愛さずに行ってはいけない、また、できないことに気づかされたのだ。

 この世を憎んでの破壊は「破壊のための破壊」となり、この世を拒否しての否定はその存在を殺し、自分の栄誉を得るためのみの批評は対象をいためつけるだけだ。
 一方で、この世を愛しての破壊は「創造のための破壊」となり、この世を愛しての否定は新しいものを生み出し、この世を愛しての批評は対象を生かす。

 そもそも、“この世(世界)”は、自分から見て、どんなにそれが汚くて、ばかばかしくて、やってられないと思うようなものであっても、神が創ったものなのだ。人間という阿呆どもがつくったという人もいるかもしれない。しかし、すくなくとも、その人間をつくったのは神さま(天、大自然、大宇宙、造物主、宇宙霊…表現なんでもいい)なのだ。

 評論家の亀井勝一郎氏はいったそうだ。「自分が愛していないものを批評してはいけない」と。


 そして、私が最近、気づかされたこと。

「“この世”をよくしたいならば、まずは“この世”を愛することだ」

 これは、自分にとって、胸の奥深くに刻みつけておかねばならない、重要な“気づき”になるであろう。感謝である。

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