タオのライフにつながって生きる
加島祥造著「タオ―老子」の中の
『たかの知れた社会なんだ』という詩に
こういう一節があります。
たかの知れた自分だけれど、
社会だって、
たかの知れた社会なんだ、
もっと大きなタオのライフに
つながっている自分こそ大切なんだ
ぼくが前々回の記事で書いた、
「永遠の命」と「大自然の一部」であることを
意識して、子育てや自分の健康に向かうべき、
というのは、このことだ!
と、「タオ―老子」を読み返して、
思いました。
つまり
「社会じゃなくて、
タオのライフにつながって生きる」
ということ。
たとえば、
かなりきつくても、
「風邪ひいたぐらいじゃ
会社を休んじゃいけない」とか
「なんとか子どもに学力をつけて
将来的にできるだけ安定させよう」とか、
“社会とのつながり”はよく考えるわけです。
これも必要なことでしょうが、
みんな、もう1つのつながり、
“タオ(道)とのつながり”の方は考えない
ないわけです。
もっと、こっちの方が、人間の存在としては
根源的なものであるはずです。
「1人1人の人間は永遠の命がある」 「1人1人の人間は大自然の一部である」 これを、タオという言葉に 置き換えていいかはわかりませんが、 こうした根源的なものから、 特に、人間の生命に直接かかわることは 考え、対処していってこそ、 子どもは、より良く育ち、 健康を保ち、病を癒すことができるのでは ないでしょうか。
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Comments
タオ・ヒア・ナウ・・・とても共感する考え方です。
そして、人の命が「永遠の命」「大自然の一部」なのだ・・・
ということに気付いたことが、いまの私にとって大きな救い
となっています。
百太郎さんのコラムを読み、再び「タオ」という言葉が
蘇ってきました!
Posted by: bambi | July 15, 2006 07:34 AM
bambiさん
ありがとうございます。
こうして書いていて
ぼくなんか、まだまだ、
頭ばかりなんですが・・・
そうしたことが救いになるほど、
気づかれたということは、
bambiさんは、もう「タオ」に
つながった生き方をされていると
いうことですね。
素敵ですね!
Posted by: モモタロウ | July 17, 2006 12:18 AM