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August 29, 2006

一体化してこそニュートラルになれる

若者とケンカ?

昨日、夕方、自転車を古本屋の前に止めようと

右折した。

そこで、後ろから来た自転車がぶつかりそうに

なり、よけたようだ。

というのも、自分では考え事をしていたので

あまり意識していなかったのだ。

すると、その自転車に乗った2人連れのニイチャンの

うちの1人がおよそ10メートル先から

こちらをにらんでいる。

髪型や服装からいっても、いかにも悪そうな、

遊んでいそうな20歳前後の若者。

こちらも、日ごろから多くの若者の行状に

腹が立っているから、

負けてられぬと、立ち止まってにらみ返してやった。

そしたら、向こうは、自分の自転車を「バタン」と投げ捨て、

「なんだ、てめえ・・・この野郎」

といきがりながら、こちらに向かってきた。

そのとき、咄嗟に覚悟をした。

こちらは、40歳を超えていて、4年間以上、

療養生活をしてきて、ほとんど体を鍛えていない。

かなわないだろう。相手は2人。こちらは1人。

でも、いざというときは、

命を捨てても戦ってやろう。それだけのこと・・・

(その後、妻にそのことを言ったら、

「私たち(子ども2人と妻)を残して死んでもいいというの!」

怒られたが・・・)

一触即発。しかし・・・

目の前で、にらみあった。身長も、あちらの方が

10センチ以上は高いだろう。

こちらが、向こうを見上げる体勢。

ニイチャンは「おめえが曲がってきたから、

ぶつかりそうになったじゃねえか。」と怒鳴る、

一触即発の状態。

公道だから通りすがりの人たちは見ていたろう。

でも、だれも、止めようとする人はいない。

しかし、ふと、ニイチャンの瞳(ひとみ)を見て、

とても、きれいな目をしているなあ、と気づいてしまった。

顔と顔をつき合わせて、にらみ合っていたのだから

間違いはない。

そこで初めて、あそこで、右折した自分がまずは悪かった

のだと心のそこから気づいた。

ときどきあるのだが、考え事すると、

ふと自分の世界に入ってしまうことがある。

そういう状態だったのだ。

ただ、相手も悪いことは悪い。だから、

「おめえ、すぐ、あやまらなかったじゃねえか」

というので、

「あそこで、周囲を見ずに、曲がったことは俺が悪かったよ。

あやまるよ。ただ、年上にその口のききかたは何だ!

年上をにらんだりして、年上に対する態度か。失礼ではないか!」

と言った。

すると、ニイチャンは敬語で、しかし激しい口調で、

「それ(年上に対して失礼な態度とったこと)

に対しては謝りますよ。

でも、最初に、そこで曲がったのは、そちらの方じゃないですか」

と言った。

しばらくにらみ合って、ニイチャンは、

連れといっしょに背中を向けて去って言った

その背中に、ぼくは、「悪かったな」と一言、投げかけた。

向こうは、反応を示さず、肩をいからせたまま去った。

アメリカの同志から思わぬ電話・・・

その後、夜、日ごろはワシントンにいる“同志”から、数年ぶりに

電話がかかってきた。日本へ里帰りしていたのだ。

ぼくがアメリカの一部の戦争好きな勢力が世界を支配しようとしているのは

本当であるのかとふると、

「対立」に関する話になった。

彼は「ぼくたちは、小さい頃からなんでも、対立してみる

習慣をつけられている」といって、

自分が、心を「対立」から、世界は1つなんだ、

だから相手と自分はほんとうは一体なんだと「一体化」の心へと変えたことで、

あるプロジェクトが、想像できないほどに、

すばらしい仕上がりとなった。

という話をしてくれた。

彼は日本人であるが、ユダヤ人とかイスラム(アラブ)人とか

の輪の中で、もまれながら仕事をするという

環境にいる。

そこで、「対立」だから、夕方にあった「若者との一触即発」の

話をした。すると、彼は、

「間近で目と目があった瞬間に、五感で何かを感じて

一体化したんだろうね」

つまり、ぼくが若者の目を見て「きれいな目だな」と反省心が

起こったように、彼曰く、ぼくの目を見て(自分の目はきれいだとは

決して思わないが)若者も何かを感じたのだろう。それで、

2人は、「一体化してニュートラルになったんだよ」。

閉鎖した楽天ブログでも・・・

一体化して、はじめてニュートラルになれる、スタートが切れる・・・。

そういやあ、若者に対して、最初から偏見の目、「対立」の目で

見てたんだよなあ・・・。またまた、そこで反省。

 前の晩、閉鎖した楽天ブログも(ココログもそうだが、とくに)

特定の誰かを批判していなくても、

「『対立の心』、はじめにありき」で書いていたこと多かったよな。

それが、あったからこそ、自分の文で人を傷つけることもあったろうな。

ひとつの楽天閉鎖の理由であった部分を、

自分の中でより明確にすることができた、

この一連の出来事は、そういった意味があったのかもしれない・・・、

と解釈した。

とにかく、反省反省の一日の締めくくりだった。      (END)

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Comments

はじめてコメントいたします。
いつもご声援頂いている『黒澤映画ゼミナール』の記事を、今後TBさせてください。よろしくお願いいたします。
対立があって、戦いがあって、片方が生き残る・・・
かつてこのマルクス唯物史観が団塊世代に支持されて、日本中世界中に蔓延した時代がありましたね。
しかし、“若者とケンカ”の通り
対立の後には交流があり、一体化があって社会は成長する、が正しいのです。
戦争は必要悪、といいたいのではなく、対立も対話によってより仲良くなる一時的な通過点だ、という意味です。
ただ、対立からいかにして一体化にもっていくか、それが難しい。
ドラマでいうと、そこに時間がかかって双方の思いが時にすれ違い、交流が闘争に見えた方が、はたから見てると面白い、となってしまうからややこしい。黒澤映画のストーリーがまさにそれ。
しかし、最後に一体化を見せてくれるから感動が生まれ、俺もやるぞ、と観客を元気にしてくれるので、私は黒澤明作品を繰り返し観てしまうのです。
対立と闘争だけ見せて、現実世界ではこれで終わり、と一体化まで見せてくれないかつての邦画版ヌーベルバーグは生きる意欲をなくすものばかりで、彼らは黒澤映画は嘘っぱちの理想世界だと否定しました。映像美や撮影技術は手本にしながら、人生の法則を学ぼうとはしなかった。
だから、『一体化してこそニュートラルになれる』は真理です。
ただしそれが、真理だ、従おう、と思える素直さが持てるかどうか?そこがその人の人生を左右するポイントだと、私は思います。

Posted by: 丑四五郎 | August 30, 2006 at 11:40 AM

丑五郎さん
黒澤映画からとらえた「対立」と「一体化」へのご意見。
いやあ、さすがですね。
どこまで、黒澤&映画周辺に関するネタ(?)とご意見をお持ち
なのか、底が知れない(笑)。
トラックバックしていただけることで、キビダンゴの記事にも
別の角度から、光をあててもらえそうです。
さっそくリンクもさせていただいたので、よろしくお願いします!

Posted by: モモタロウ | August 30, 2006 at 10:55 PM

あぁ・・・百さん、かっちょええ!!!
改めて、百さんを、一層見直しましたん!
なぁ、若者も、なかなかどうして、話してみれば分かり合えたりすることもあるよのう^^
そこんとこを見極められる感性を、身につけているかいないかの差ですなぁ^^
楽天閉鎖事情・・・実は多いに吾にも、ずっしり響きまする
百さんからのメールに返事出来てないが、この日記で、更に自分に置き換えて
ありがたく拝読させて頂きましたん!

Posted by: 弥々 | August 31, 2006 at 01:29 PM

弥々さん
記事にもあるように、
ふだんは、いたってぼーっとした人間なのですが、
義憤にかられると、
こんな行動に出ることもあるのですよ。
今回は、こっちの方が先に“不正義”だったということに
途中からようやく気づきましたが・・(笑)

弥々さんの記事にもありましたが、記事のニイチャンの目を
思い出すと、亀田3兄弟を思い出しましてね
ブラウン管の上でですが、あの兄ちゃんも澄んだ目
してたなあ・・・。実は、あの試合見て、不覚にも
嗚咽しちまったんですよ。早実の斎藤の記事書きましたが、
亀田親子、たまらなくいいですね。

今回の記事、ちょっと自慢入っているようで書くのもなんだと
思ったすけど、楽天との自分なりのケジメをつけたかったんです。たとえば、逃げたんじゃないのだと。
よくご訪問をいただいた人には申し訳なかったのですが、閉鎖してよかったと今のところ思ってます。が、いっぱい未練はありますね。見栄を張ってる部分も含めて、かなり赤裸々な自分、へんなところも正直に出せましたから・・・。だから、現実とだんだんリンクしてしまったときに、やばいなあと。男は外に出ると、7人の敵がいるといいますからね。ほんとう、よくご訪問いただいた、わずかな方々には、すまなかったという気持ちと、心よりの感謝の気持ちでおります。
 7人の敵といえば、7人の侍、7人の侍といえば黒澤明・・・。かなり強引ですが(笑)、 ↑ の方は、前、楽天にも書きました、黒沢監督に薫陶を受けた貴重なスタッフの方なんですけど、まだ規模は小さいですが、ネット上に、映画学校を開きました。弥々さん周辺の若い衆で、制作にも興味ある人いませんかね。映画とかテレビとか・・・。ネットでやるというのが、これからの時代に実にあっていると思うのです。
 おっと、かなり長くなってしまった・・・。それでは。

Posted by: モモタロウ | August 31, 2006 at 09:19 PM

亀田のこと・・・
百さんには理解頂き、うれしいにゃん^^
まぁ、吾の勝手な思い過ごしかもしれんが・・・
あの親子、世間的には完全悪だよな
鼻つまみたくなるやろね
でもさ、何も日本の代表で天下をとろうとかしてるわけではないよな
一途にひとつこと、人生の全てをかけて
親子で夢を追い求めてるだけや・・・
それで、世間にどう言われようと、しくじろうが、泣きを見ようが
あいつらは、それを覚悟で、それでもかまわん
自分のやり方で、道を貫くだけだと言い切ってる
そこが、昨今の日本人にはない魅力で、無性にひかれまする
何代も前の、大和魂を背負ってる感じかのう・・・
言葉遣いやら態度やら、そこばっかりつつく
優等生な生き方をしてるもんにはわからんのやろね・・・
ギリギリで、必死で夢を追い続けるものの、肝の座りっぷりが・・・
吾はぁ、そこんとこが、一番ひかれてるんやけどね^^

ネットは、これから益々、あらゆる面で活用方法が広がるでしょうなぁ
映画学校かぁ・・・
吾、長年たたき上げで風来坊やから、知り合いはいないが・・・
自分に何か出来ることないかのう^^

Posted by: 弥々 | September 01, 2006 at 03:46 PM

「ギリギリで、必死で夢を追い続けるものの、肝の座りっぷりが・・・
吾はぁ、そこんとこが、一番ひかれてるんやけどね^^」

弥々さんらしいほめ方ですね。
今回の舞台(ベルナルダ)を見て、ますます思います。

誰かも言っていたけれど、ああいう親子を鼻つまみもんにする
日本というのも、堕落しましたねえ。

口が悪かろうが、態度が悪かろうが、いいじゃないですか。
いろいろな人間がいて、面白いのです。
(自分のそばにいて、ため口きかれたら腹立つでしょうが、
その存在をまっこうから否定し、抹殺するようなことはしないでしょう)
しかも、基本的には、態度のでかさはパフォーマンスでしょう。
ああやって「のし上がる」しかなかったんですから。あの親子らは。

あすこまで、親思い、兄弟思いとはどういうことか、ということです。父親も、鍛えただけでなく、ほんとうの「愛」で子を育てたのでしょう。亀田親子のことを悪く言う人で、親子じゃなくても周囲の人間に「愛情」をもててる人間はどれだけいるでしょうかね。

早実の斎藤家は斎藤家のやり方があり、それも立派ですが、亀田親子もあっていいじゃないですか。こちらも立派過ぎるくらい立派です。

Posted by: モモタロウ | September 03, 2006 at 09:47 PM

百さんへ
2日は、お忙しい中本当にありがとうね^^
更に、的をえた、貴重なご意見!有難く受止めましたぞ!
でさ、いろんな生き方があってええもんだよのう^^
吾は、吾流の家族の形態を大事にし
これからも、自分らしく精進していきまっす!

Posted by: 弥々 | September 05, 2006 at 10:09 PM

弥々さん

あらためて・・・。お疲れ様でした!

Posted by: モモタロウ | September 06, 2006 at 10:44 PM

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