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November 19, 2006

親の愛に飢えた子と愛に抱かれた子

愛の腕に抱かれたことがある人は

落ちぶれて惨めに果てることはない。

知らない土地でひとりで死んでも

愛人の唇に触れて感じた

ふるい浄福がまた甦ってき

死の床でさえなお 彼女を自分のものと感じる。

      T・シュトルム、藤原定訳

      「愛の腕に抱かれたことがある人は」

この詩は、恋人との愛だけを詩っているように思えない。

親の子への愛をどうしても想ってしまう。

親の愛に包まれて育った人は、

きっと、いつまでも幸せである。

親がとうの昔に亡くなった、自らの死の床でさえ、

親の懐に抱かれていられる。

ところが、子どもの頃、親の愛を存分に

受けられなかった人は、

死ぬ間際でさえ、愛に飢えて、

惨めな気持ちで死んでいくのかもしれない。

その飢えを補ってくれる愛を

見つけられていれば別だが・・・。

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