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November 16, 2006

ある人物史 佐藤一斎から稲盛和夫 (水)(木)

佐藤一斎(1772-1859)もしくは大塩平八郎(1793-1837)から

西郷南洲(1827-1877)。

西郷南洲から頭山満(1855-1944)。

頭山満から中村天風(1876-1968)

中村天風から

松下幸之助(1894-1989)と稲盛和夫(1932-)。

歴史の中のこの人物の「流れ」が好きである。

後世のもの(後輩)が過去の人物(先輩)を

尊敬し、学んでいった「流れ」とでも

いおうか。

この「流れ」を発見したときは、

歴史の中の「鉱脈」を発見したような喜びが

あった。

あえて共通項を上げれば、理論・哲学(学問)と実践

ということかもしれない。

自分はそういう生き方に憧れをもつものである。

詰まるところは、「徳を磨く」ということであろう。

ただ技術だけの経営者、知識だけの学者なんて、

いくらその人が、金持ちで、有名で、地位があっても、

好きにはなれないし、自分の中では、軽い存在である。

金がなくても地位がなくても“徳”がない人より

“徳”がある人間の方が私の中での地位は高い。

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Comments

稲盛和夫の場合には、宗教的側面から、
出口王仁三郎から谷口雅春。
谷口雅春から稲盛和夫の流れも有ります。

Posted by: ぽっぷ | November 16, 2006 at 02:02 PM

ぽっぷさん
そうですね。高校生の頃、病気になって谷口さんの「生命の実相」を読まれたのでしたね。
谷口雅春のことあまり知りませんが、出口王仁三郎のこと、頭山満とのからみで書きたいと思っていたところでした。
(実は、出口王仁三郎とか、ぽっぷさんが書かれたような宗教的側面からの流れも好きなのです)

Posted by: モモタロウ | November 16, 2006 at 05:48 PM

たしか、稲盛さんがまだ13歳のころだったと思います。
私が彼に非凡さを感じるのはこの点なんです。
つまり、13歳の少年が、出口王仁三郎の思想の核心である
「霊主体従」を悟っているんですね。ですから、稲盛さんは、
実業家の前に宗教家です。
是非、出口王仁三郎からの流れも書いてください。楽しみにしております。

Posted by: ぽっぷ | November 17, 2006 at 01:19 PM

ぽっぷさん
鋭いご指摘です。稲盛さんが「生命の実相」を読んだことが転機となったということは、稲盛さんを理解しようとする上でもっとも大切なポイントであると認識していましたが、ぽっぷさんのコメントでより明快にさせられたような気がします。
出口氏の「霊主体従」ですか・・・。これで「思いがすべてを創る」といった稲盛さんのフィロソフィーにも結びつくようなきがします。
そうした宗教的なことも、私の浅はかな知識ですが、おいおい、学びながら書いていこうと思います。

Posted by: モモタロウ | November 17, 2006 at 05:50 PM

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