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December 15, 2006

現実を忘れさせる笑いと現実を見せる笑い

今、お笑いブームらしい。

らしいというのも、

自分が、今、お笑い番組を

あまり見ていないからだ。

このブームの前のブーム(ボキャブラ天国の前後?)は、

仕事と直結していたので、よく見ていた。

若手芸人のライブにも行ったりした。

今は、ちっとも見ていないから、

事情はよくわからない。

どうやら、

優秀な奴らも出てきているようだ。

私の見解だが、

笑いには、2種類ある。

現実を忘れさせてくれる笑いと、

現実を見せてくれる笑い

ここのところの笑いに多いのは、

現実を忘れさせてくれる笑いなのではないか。

ただ、この残酷で理不尽で悲惨な世の中では、

現実を忘れさせてくれるこの笑いというものも

欠かせないものだろう。

でも、そういう世の中のみんなが見て見ぬふりを

しているものを、さらけ出すという笑いもある。

ぼくは、どっちかというとそっちが好き。

たとえば、

ツービート(つまり、ビートたけし)の

赤信号、みんなで渡れば怖くない」という

ギャグなんて、日本人の“付和雷同”さを

あぶり出した、まさに名作だと思う。

そんなことを考えていたら、朝日新聞のコラム記事

「浅草の灯よ その1 ビートたけし」に、

こんなことが出ていた。

フランス座を離れ、近くの松竹演芸場に移った後、

たけしはツービートとしてブレークした。世間の

常識にある、まやかしを過激な言葉で暴いた。

「インチキくさい、『暴力追放の町、

町をきれいにしましょう』なんていうのを

ちゃかしたんですよ」(ビートたけし談)

そういった部分が、映画監督となり

その作品が、ヨーロッパなどで「クール」と

評価されるようになったことにも

つながっているのではないかと、

ついつい結び付けたくなってしまう。

(私は、映画作品はまだちゃんと見たことはないが)

今、いじめによる自殺があちこちの学校で

起こっているが、つい最近までの文部科学省への

各学校(教育委員会?)からの報告では、

いじめ0、0、0、・・・ゼロの数字ばかりが

並んでいたというではないか。

まあ、そんな“まやかし”は世間じゃ当たり前で、

だいたい、また学校のことになってしまうが、

どこの学校も、今年の目標などの標語をたいていは、

「思いやりのある子」「うそをつかない」・・・

などとしているが、そういうのを見ていると、

無性に腹が立ってくる。

ほんとうは守る気がないに、体裁だけ整えるというのは

つまり、うそをついているということであり、

それを子どもに教えているのと同じことではないか。

だいたい、もっといじめが多いのは大人の世界

である。それが子どもに反映しているだけ。

それを棚上げにしておいて、子どものいじめだけを

問題にしているというのも、

意図的に見て見ぬふりをしているように

思えて仕方がない。

子どもがどんどん自殺し、

マスコミで騒がれるようになったからこそ、

子どものいじめを放っておけなくなったのだ。

それまでは、0という数字が示しているように、

見てみぬふりをしていた。

笑いから、だいぶ脱線してしまったが、

ようするに、みんなが見て見ぬふりをして、

いい気になっているものを、あぶりだす

しかも、ストレートに訴えると、

暗く聞くに堪えないことになるので、

笑い飛ばすことによって、

現実がいっそう見えやすくなる。

そんな大切な役目も“笑い”は担っている

ということを自覚してほしい。

ただ、観客や視聴者は

笑っていやな現実を忘れようというだけではなく、

そういう役目も

笑いを作り出す人たちに要求してもらいたいものだ。

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