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December 14, 2006

武士道とは死ぬこととみつけたり

武士道とは死ぬこととみつけたり 『葉隠』

現代の日本人が武士道を語るとき、

戦争中、利用されたとして

一番、語りたくない言葉。

しかし、個人も国家も、一番認めたくない

痛いところを見つめ、認めてこそ、真の成長ができる

ぼくは、新渡戸稲造の『武士道』も素晴らしいが

『葉隠』のこの言葉を抜かしては、武士道は語れない。

と思っている。

宮本武蔵も『五輪書』にこう書いている。

武士は只死ぬるという道を嗜む事と覚ゆるほどの儀也

死ぬるという道を嗜む」、すなわち、

日頃から、いかに死をいさぎよくするかということを心掛ける

ということが、武士どころか、僧はもちろん、

女性、百姓、・・・あらゆる人にとって

大切なことであると『五輪書』に書いているのである。

みんな誤解しているが、

一見、「死を恐れてはいけない」といって

「死を強いる」ことと、

自らの内側で「死を恐れない」のとは

まるっきり違うということだ。

人間にとって一番恐ろしい死を恐れなくなってこそ、

現世において何者にも束縛されない

真の“自由”を得られる。

その自由を得るために、武士たちは、

剣術や禅、儒教などで自らを修養した。

現代の日本人にとって、もっとも必要なのは

この“心の自由”だと思う。

現代において、自殺するほとんどの人は、

これと全く反対の心理状態だろう。

死が怖く、死に目をつぶりながらも、

それしかなくて死んでいく。

追い詰められて自殺する人の視野は極度に

狭くなってしまっている。

(仕方なくそうなってしまったのだろう・・・)

しかし、

“死への執着”から解き放たれた人の視野-心は

世界に向かって全面的に開放されている

われわれ、戦後の日本人は、

武士道とは死ぬこととみつけたり

から目をそらし、

わざと見ないようにしてきたからこそ、

おかしくなってしまったのではないか。

つまり、われわれは“死”を隠し過ぎてしまったのだ。

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