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March 17, 2007

ひとりごと~人生の三本柱

ぼくは大学を出て、社会人になるとき、

     人格の向上

     技術・知識の向上

◆この2つによって、世の中のためになる。

という大方針を立て、それを自分なりに追い続けてきた。

それからおよそ20年経過し、

不惑の40を数年超えた今、

あらためて自分の生き方について整理していたら、

上の大方針が具体化され、収斂された形で

以下の3本柱に行き着いた。

     人格・思想の向上・創造(※人間が高まれば、思想も磨かれる)

     健康・医療

     dorama(脚本・戯曲・小説等)を中心にした物を書くこと

これらの修練を積み、磨いていくことによって、

世の中のため人のため、理想世界を創るために

死ぬまでには、なんとしてもほんのわずかでも

お役に立たせていただきたいというのが

私の強い“祈り”です。

考えてみたら、練りに練って作った

(今は休んでいますが)

このブログの方針(↑)とまったく同じことである。

     人間を高めるキビダンゴ!

     健康のキビダンゴ!

     創造し、表現するキビダンゴ!

(いうなれば、日曜日の、子育ては人間を高めるにも健康にも入る。

経済は、何をするにもベースとして必要だ。)

この3本柱は無理やり編み出したり、

どこかから持ってきたというわけでなく、

生まれながらにして与えられている

“課題”であり、“宿命”なのである。

だから、以前まとめたことをすっかり忘れ、

改めて考え直しても

同じところに落ち着いてしまうのだろう。

     幼いころから、どうしようもない自分という人間にコンプレックス。中学生・高校生で剣道部のキャプテンをやって、自分を大きくし、向上させなければならないことをますます実感した。それがトラウマのようになっている。

―人格・思想の向上・創造。  

     父や母、またその祖父や曾祖父が亡くなった喘息と、多発性のう胞腎という難病、その両方に自分がかかっている。放っておけば、確実に、少なくとも長生きはできない。ちなみに、父と母は私が中学生の時から、交代で入退院を繰り返し、ついには病院で相次いで壮烈な最期を遂げた。我が子にも喘息はすでに遺伝し発症してしまっている。のう胞腎が遺伝している可能性も高い。

   ―医療と健康。

     体が弱かったせいか、2、3歳のころから怪獣などの人形をつかってストーリーをつくって中学まで遊んでいたこと。また、身近に、それを職業とする人がいたこと。社会に出て10数年、構成台本・脚本をやってきて病休業したが、さらに上のレベルを目指したい、自己の作品を完成させたいという“やみがたい衝動”があること。

   ―dorama(戯曲・脚本・小説等)を中心として物を書くこと。

ようするに、この自分に生まれながらに与えられた課題、宿命から逃げずに、むしろ積極的に掘り下げて行くというのが、この“3本柱”の意味なのである。どれがかけても自分ではないのである。

この3本柱を修練し、磨き上げ、高めて行くことによって、自分の人生の最大のテーマたる―世の中のためになる=人類の進化と創造に寄与する=理想世界の建設に役だつを、神様から与えられた使命を果たすことで実現して、一隅を照らして、この世を去りたいのである。

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