狂え狂え
以下、朝日新聞12月18日、大江健三郎「定義集」より
詩人はこの手法で、内的な魂を外側の現実に突き合わせ、社会についても神秘的な希求についても同じく表現しうる言葉をもつ。そういって、優れた例をあげます。ディラン・トマスの
“Rage,rage against the dying of the light!”
そして、講義を聴く者らに自分で翻訳することをうながすために、こういう評解をされています。
《’rage’というのは「荒れ狂え」という意味ですが、狂え狂えという。お前気違いになれというんです。狂え狂え。おれは気違いになることによって光を護るんだという》
(中略)
深瀬さん(※深瀬基寛‐英文学者)は、いまや現代文明の光は消え去る危機にあるが、その擁護をめざしてまさに狂気の一歩手前にあって書く、その詩人の言葉こそ、同時代に生きる自分の「悦しき知識」だ、と最終講義を閉じていられるのですから。
(中略)
ところが(※大江氏が)長年やって来た小説家の仕事は、深瀬interface理論の、自分の内奥を荒あらしい外部と摺り合わせ、そこに表現のリアリティーを達成させるものだったし、私の生き方もそれで鍛えられたと感じます。
その経験に立って、私は若い人たちが自分の「悦しき知識」をすみやかに探し、新しい現代の危機に備えられることを期待します。
「私の生き方もそれで鍛えられたと感じます」
・・・こうした大江健三郎氏の生き方を、一番学びたいところです。
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