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April 22, 2008

太陽は声をかけている

太陽に朝、あいさつをすると

太陽が一日、見守ってくれる。

そんなようなことを以前、

書いたことがあったけれど、

それを読んで、ウソつきと

思ったり、比喩として

表現したととらえ、

一蹴せられたように感じたのを

覚えている。

ところが、折々に、

同じようなことをいっている人の

発言を聞くことができて、

自分だけではないということを

知った。

それはファンタジー作家であったり、

作詞家であったりしたのだが、

決して、詩的な表現として

それを述べたのではなく

感じたままをのべているのだと

とらえられるか否かが、

それを「一蹴する」人と

そうでない人の違いであろう。

そして何より日々の中で

太陽に話しかけられている、

また太陽ではなくても

外のことでも、

感じたままを感じたままに

事実として受け入れられているか

いなかにかかっている。

実は現代人がこの地獄のような牢獄から

抜け出せるたった一つの抜け穴を

その点から考えてみるのは

面白いことだろうと自分は感じている。

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Comments

んっとねぇ・・・
吾、朝起きて最初にすること・・・東の窓の雨戸を開けることなんだぁ^^
声にはしないが、朝日を拝む為ですねん^^

Posted by: 弥々 | April 22, 2008 at 03:17 PM

太陽を拝むことをいいたかったのではなくて、
太陽に話しかけられるように感じていること、
太陽に話しかけられていることをいいたかったんですよね。
これを読んだ、弥々さんの感じたままを
コメントで書かれているのですから、
それでいいのですが。
太陽を拝むということは自分も気持ちよくて
やっていますが、
私のことを先方のの都合で電話口でどなった、
ある人が、拝むといいといってくれたこともあり、
太陽を拝む、挨拶するということだけでみれば
非常に、複雑な心境です。

Posted by: 百太郎 | April 23, 2008 at 11:41 AM

宇宙の一部である自分を意識して・・・
生かされてある自分を感じて・・・
太陽系の奇跡というか偶然のマジック(産物)と言うか・・・
えっと・・・小難しいことは文字にして表現できんが
全ては空であり、無であり・・・
だけんど、太陽の恵みで、こうして生を受け・・・
あぁ・・・語彙が乏しく、文字で表現するのは難しいが・・・
太陽に話しかけられている感覚を、モモさんがおっしゃりたいのは
伝わりましたん
吾はぁ・・・そこまで到達できてない段階だから
ただ、毎朝、西でも南でもなく
意識して東の雨戸から開けているって、現段階を
正直に報告させていただきましたん^^
拝むと使ったのは、話しかけてはいないから・・・
正確に書くならば、拝んでもいないが・・・
西でも南でも北でもなく、東の雨戸から開ける!
ってこだわりが、やがて話しかけるに通じるかなぁって思ってね^^
拝んでもいないわけだから、拝むと書いてもいけなかったのう(汗)
吾はぁ・・・意識して東だが・・・
雨戸を開ける時は、無意識ですねん^^
それは、太陽に導かれてる自然な行為であるならば
いずれは話しかける感覚につながりますかのう・・・だとしたら、ええがなぁ・・・
そうしたら・・・もちっとラク~になすがままに自然に生きられるかのう・・・
とにかく、東の雨戸から開けることは、これからも続けていきまする^^
太陽に話しかけられていることを、意識して・・・

すんまへん・・・安易にコメしちまって・・・
ただただ、読んだよってこと、伝えたかっただけですねん
コメしないと、モモさんにお伝えできんかなぁって思って・・・
これからは、よくよく読み込んで、しっかりと文字で表現できるようになるまで
安易に書き込みするのは、控えまする(ペコリ)
だけんど、拝読させて頂くことは、かまいませんかのう・・・

Posted by: 弥々 | April 23, 2008 at 08:48 PM

弥々さん

ありがとうございます。
お心遣いに感謝するとともに、
お心を煩わせていることを
たいへん申し訳なく思います。

同じ団地(賃貸住宅の方)
で孤独死が多発しています。
小さい頃から友達が少なく、
病気で仕事から離れて以来、
いっそう、
家族以外には
あまり話し相手が
いなくなった状態にある
自分にとっては
他人事ではありません。

弥々さんが
こうして自分のブログへ
訪ねてきてくれて、
書き込みをしてくれることは、
団地で孤独な人が、
同じ地域のやさしい人から
ベルを押されて、
訪問を受けるのと
似たものを感じます。

孤独で話し相手が
欲しいのだけれど、
傷つくのが怖い。
その因になっている
のが、小さなプライドに
あるということが
うすうす分かっていたとしても
それを壊したら
生きている理由が
なくなってしまうような
空虚になってしまうような
気がする。


以前の話ですが、
「とはず」のBBSに書き込んで、
下のコメントにうつされたのは
ひどく残念でした。
ほんとうのプロだったら、
そんなものを笑いとばすの
かもしれませんが、
似非プロであるせいか、
記事にコメントを書くなら
語り部、弥々を批評するのと
同じことですから、
大切にすればするほど
ほんとうは、
めったなことでは書けない
と思っている。
でも、弥々さんは、
訪れた人には何でもいいから
書いて欲しい、痕跡を
残して欲しいといっている。
これは、私のあり方ですが、
自分に対してそれではいけない
と思っている。
だいたい、
格好をつけていっているのではない
けれど
書かないことも(ときには
訪れないことも)書くことと
同じである場合もあるのです。
それは決して相手を否定している
ときばかりではありません。
(記事「ようやくかけました」の
返答のコメントへ
その気持は書き込みましたが)
そういうところを意識して
やっていかないと、
私にはなにもなくなってしまう。
いま仕事がないのですから(笑)。
それにプロとしての意識を
捨ててなんどか、気楽に
弥々さんの記事へコメントを
書こうとして書いてみましたが
できなかった。
書いてしまったときは、
あとあとまで後悔しました。

「これからはよく読みこんで・・・」
といったことを書いてくれましたが
それは申し訳なく思います。
私自身が、ちゃんと考えて
書いていないときも
多いのですから。
でも考えたからといっていい言葉が出る
ということでもなく、
あまり考えていないものでも、
だからこそ人の心を打てる場合も
あるものです。
つまり、私が書いたものは
どんなものにせよ、
それが人からどんなにつたないものに
見えたにせよ、
私が書いたものなのです。
それは、語りの人も
語りにおいて、
同じなのではないでしょうか。

それに、私も、
読み込んで書いてくれた
そのコメントに対して、
エネルギーをかけて
返答をできるかどうか
自信がないし、
それならば新しいものを
書く方に時間をかけたい
と思うことが多いかもしれません。

お互いに相手のブログに
コメントを
書かないと、
いまの形のままでは交流できないのは。
確かです。
いまの時点では、それをどうしたら
解決できるか、私には
わかりません。

コメントはうれしいと書きましたが、
コメントをいただければ
すべてうれしいというわけでなく、
うれしいものも、
うれしくないものもあります。
ほめられてうれしくないコメントも、
批判されてうれしいコメントも、
数は少ないかもしれませんが、
あるでしょう。

そうやって、
傷つき傷つけ、
いたわりいたわられながら
するのが、
私が苦手な人間関係というもの
なのかもしれないのですが、
とくに、
弥々さんと私との場合、
少なくとも私が、
読み手(語り)と書き手という
意識をはずせない限り、
ことに、ブログという媒体
では、簡単にはいかない
と思うのです。

ただ、
コメントの書き込みをする、
書き込みをしないを
超えて、
私の方からは
これだけはいえます。
今後ともよろしくお願いします。
そして、
語りという天職を
懸命にかかえて生きている
弥々さんを応援してます、と。

Posted by: 百太郎 | April 25, 2008 at 01:24 PM

「とはず」のBBSに書き込んで、下のコメントにうつされたのは、ひどく残念でした。」

>このことだけ、吾なりの思いをば・・・
えっと・・・吾は、BBSは嫌いなんじゃぁ・・・
以前、楽天はBBSを閉鎖すると、コメント欄も同期して閉鎖されちまってたが
最近、BBSのみ書き込み禁止できるようになったのでね
今は、BBSを閉じておりますのや^^
殆どが、アダルト書き込みで、そうして、通りすがりの日記も読まない自己サイト宣伝だけの書き込みばかりだからねぇ・・・
で、一番嫌なのが、BBSは、いずれ消えちまうってことだ
それが書き込む方にしてみれば、ええのかもしれんが・・・
いずれ消えてなくなっちまうものなら、吾は、ブログなんぞしてませぬ^^
確かにその時、中味があろうがなかろうが、たとえ、いい加減なはぐらかしコメントであったとしても
その日記を通じて、思うがままに書き込んでくだすった、その時の交流を
いつまでも温めておきたくて・・・
ありがたいコメは、そのまま自分への褒美として受けとめ、次への励みに・・・
伝えたいことが伝わらず、はぐらかしコメを受けたとしても
それは自分への反省として、これまた次へと・・・
今・・・自分の環境では、華々しい世界で、積極的に学べることは無理であり・・・
そう・・・弥々にとっては、ブログは学びの場だから・・・
こう書いたら、こう受けとめられた・・・
こう語ったら、こう受け流されちまった・・・
日記だけにあらず、コメント欄では、何度もやり取りを交し合ったことも
全て学びとしてまして・・・
それを、時がたって読み返すと、その時点でまた、自分の感じ方が変って
恥ずかしい思いをしたりすることもあって・・・でも
その恥ずかしい思いを発見することがまた、学びであり・・・
だから、いずれ消えてしまうBBSは嫌なのです・・・
だから・・・更新を辞めてしまった今でも
とはずを閉鎖出来ずにおるのです
通りすがりのどなたかが、いつまた、吾にキヅキヲ残していってくださるかと思うと
勿体無くて閉鎖出来ずに・・・

思えば・・・随分と生き恥をさらしてきましたん
だけんど・・・小さきものが
精一杯突っ張って、意固地に自分のなす事を貫いてきたことは確かであり・・・
だから・・・モモさんには不快な思いをさせてしまって申し訳なく思いながら
吾のブログであるから、自分がそうしたい事をさせていただきましたん
断りもなく、すんまへん(ぺこり)
モモさん以外にも、BBSをコメ欄に移したことは何件もありまする
そうすることで、弥々は掲示板書き込みを嫌ってると
無言のままに伝わればええかなぁって思いながら・・・

モモさん、ごめんなさいね(ぺこり)
弥々なんぞに、こんなに丁寧な返信を、ありがとうございました

Posted by: 弥々 | April 27, 2008 at 08:38 AM

だから・・・モモさんには不快な思いをさせてしまって申し訳なく思いながら
吾のブログであるから、自分がそうしたい事をさせていただきましたん
断りもなく、すんまへん(ぺこり)

たいへん不快でした。
いま、あらためてこういうことを書かれることにも腹が立っています。
弥々さんのブログとはいえ、だからこそ
そのときにそれなりにエネルギーをかけて考えてかいたもの。
どの場所にかいたかということも含めて。
非常に不快です。

でも、自分のブログだから、そうしたといわれれば、
もともこもない。

今回はしょうがないかもしれないが、
記事と関係ないことをこうして長くコメントに
書かれるのも私は、いやです。

私はおことわりします。


Posted by: 百太郎 | April 27, 2008 at 07:03 PM

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