才能に代わりうる可能性を秘めたもの
いま、ひとつ危惧していることがある。
現在は基本的に喘息を
薬で止めさせていただいているのだが、
喘息を人工的に止めずに正面から向き合って
いたときのほうが、より刺さることばを発せられて
いたのではないかということだ。
読んでくださった方の反応も
ちがうように感じている。
薬を使わないで、呼吸困難の只中で
日々暮すという肉体と精神のぎりぎりの状況にこそ
人を生かさなくても突き刺すことばを
発するという可能性が秘められているのかもしれない。
それは才能のない者に與へられた天与の
ものかもしれない。
自分にとって唯一、
才能とは異うけれども、
代用になりうるものかもしれない。
と淋しく期待しながらも、
あの“地獄”にまた戻ることに、
おびえ、ふるえている
自分がたしかに存在している。
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