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June 16, 2008

夢は素っ裸で海

素っ裸で昨晩は寝た。

ちゃんとした名称は忘れたが

「素っ裸健康法」ってやつだ。

体にどれだけいいかは

まだわからないけど、

すくなくとも、

ほんのささやかな

自由を味わえた。

いつも寝巻きを着て、

腹巻をしているせいだろう、

ふとんの中で

生まれたままの姿になったのは、

みのを取られたミノムシに

なったようで、

不安もあり、自分のからだに

頼りなさも感じるのだが、

その気持の裏腹で、

のびのびとした開放感も

どこかで感じているのだ。

それが「自由」ってものの

本質的な姿かもしれない。

自分の最近生まれた

夢をここで告白したい。

それは、素っ裸で

海にはいることだ。

海水パンツをはずして

波にもまれるのは

どれだけ気持ちがいいことか。

それには、江ノ島のような

海じゃ、いつ大切なところに

ビニール袋のような

ゴミがはりつくかわからなし、

夏場だとクラゲに

さされて機能不全に

陥るのは勘弁である。

やはり南の島の海岸のような

透明で

海中にはいっている

自分の足先までが

くっきり見えるような

ところがいい。

もしかしたら、熱帯魚か

なんかがいっぱい

コツコツぶつかってきたりして、

それはそれで快感で

クセになってしまうかもしれない。

プライベートビーチや

ヌーディスト村のような

「気取った」ところは

ご免である。

なぜなら、

ささやかな「自由」を

得るためのものなのに

だいなしにされてしまう

ように思えるから。

一緒にいるひとは、

自分のすべてを見せられる

人ならいてもいい。

無人島にやはり、

たった一人、素っ裸で

いるのはあまりにも

不安で、恐怖感に縛られる

おそれもあるからだ。

ただ、その一緒にいる人の条件は

海に入っている

「ぼくのすがた」を

カメラやビデオに

おさめないことはもちろん

ぼくに想起させるような

ことはいわないこと。

自分が一人で

波にもまれている姿を

あまりにもくっきり

思い浮かべることは、

きっと、自分自身、

たえられないような

気がするから。

もっとも好きこのんで

四十男の

そんなぼくの姿を

カメラやビデオにとったり、

アタマに繰り返しなぞるような

ことをする人は誰も

いないと思うけど。

                                      

                                       

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