冷酷
ぼくは中学生のあるときから、
まったく涙が出なくなってしまった。
そのとき以来、目の前の風景すべてに
白いもやがかかるようになった。
悲しいことがあっても、
悲しいと感じるのでなく、
ただかわいていて、苦しかった。
10年以上たって、
20代の終わりであったろうか、
妹の結婚式のとき
ようやく涙を取り戻せた。
なぜか泣けてしょうがなかった。
自分から、悲しみと
普通の景色を奪った者に
ぼくはひたすら仕え続けた。
その者が自分の涙を
奪ったのだとは知らずに、
懸命に愛そうと努めた。
その後、数十年たって
その者が死んだと聞いても
まったく涙は出なかった。
いまだに線香をあげに
行っていない。
おそろしいくらい
冷淡でいる自分がいる。
そんな自分を
かわいた苦しみで
見つめている自分がいる。
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