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July 29, 2008

いじけている自分に正直に生きる?

いじけている。

意地が悪い、つまりいじわる。

ケチ。

ひねくれている。

すぐに、ひがむ。

しっと深い。

執念深い。

ネチネチしてる。

・・・

これはある人のことを

さしている。

誰あろう、

この私のこと。

「自分に正直に生きる」とは、

こういう「自分」にも

「正直に生きる」という

ことであろうか。

誰かがいいそうだ。

人の本性は善であり、

良心である。

だから、あなたがいっているのは、

ほんとうのあなたではない。

だから、それらに基づく限り、

「正直に生きた」ことにならない。

いやいや

説得力があるようで、

すくなくとも、

今の私には“効き目のない”

言葉である。

だって、人間の本性が

どっちであるかなんて、

人類の歴史の中で

はっきりしたことがあった?

性善説と性悪説、

どっちか正しいか

なんていまだに決着が

ついていないではないか。

別に自分は露悪主義ではないが、

偽善はもっといやだ。

今まで、ずっと偽善の比重が

大きかったからでもあろうが。

たとえ、冒頭にかかげた

社会的に、人間の負の

部分と思われていることであっても

それが自分である以上、

正直に生きるしかないと

思っている。

もっとも、

いじわるな心が自分の中にあるならば、

一方で、いじわるをしてはいけない

という良心も自分にはあるわけで、

その天秤の上で、

判断した結果、外にあらわれたのが、

「自分に正直」な言動ということになろう。

とにかく、

精神が正常である限り、

心の負の面を表にあらわすのは

心の正の面をあらわすより、

ずっとエネルギーが

いることでありそうだ。

行動に移さなくとも、

「いじけている。

意地が悪い、つまりいじわる。

ケチ。

ひねくれている。

すぐに、ひがむ。

しっと深い。

執念深い。

ネチネチしてる」

そういう自分と自分の心というものを

静かに客観的に

見つめたいと思う。

そこにあるのに、

自分の目の届かないところに

隠して、

ないないとあることを認めないことが

まさに、

自分に不正直な生き方であるわけだから。

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