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January 25, 2009

鴎外の描いた大塩平八郎はなぜあそこまで「冷たい」のか?(1)

森鴎外が書いた『大塩平八郎』という短編がある。

                                        

                                         

そこには大塩平八郎の風体がこのように書かれている。

身の丈五尺五六寸の、面長な、色の白い男で、四十五歳にしては老人らしい所が無い。濃い、細い眉は吊つてゐるが、張の強い、鋭い目は眉程には弔つてゐない。廣い額に青筋がある。髷は短く結めて結つてゐる。月題は薄い。一度喀血したことがあつて、口の悪い男には青瓢箪と云われたと云ふが、現にもと頷かれる。

                                     

(※一部、旧仮名遣いを新仮名遣いに変えました)

この描写からは、大塩平八郎の情熱とか、弱者へのいたわりの心とか人間の温もりは感じられない。「口の悪い男には青瓢箪と云われたと云ふが、現にもと頷かれる」と「青瓢箪」を肯定したままの平八郎になっている。ややもすると、情のうすい、書物ばかりを読んでいる厳格な学者といった印象のみをうける。

                                       

                                       

これはこれでいいとして、作者のこの大塩平八郎へのさめざめとした描写は最後まで貫かれる。「大塩平八郎の乱」をただ客観的に冷静に描いたのだといえばそうに違いないが、これでは、彼が自分がしたいがゆえに門人や周囲の人間を巻き添えにして謀反を起こし、多くの者を犠牲にしてしまった。それだけのじつに利己的な冷酷な人間だったと思われても仕方がないような作品になっている。

                           

                                        

           

                                        

果たして大塩平八郎とは、ただそれだけの人間でしかなかったのだろうか。

                                       

                                          

(次回に続く)

                                                        

                                                               

                                                         

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