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March 22, 2009

何を選ぶか?~『呻吟語』抄録にみる編者の個性 ③

深沈厚重は是れ第一等の資質。

磊落豪雄は是れ第二等の資質。

聡明才弁は是れ第三等の資質。

公田連太郎訳注の『呻吟語』には、この文の注で、

「巻の四品藻篇にも、『安重深沈なるは、是れ第一等の美質なり。天下の大難を定むる者は、此人なり。天下の大事を弁ずる者は、此人なり。剛明果断なるは之につぐ』云云の一章あり。」

とあります。

 ここでその部分の全文を紹介します。

 安重深沈なるは、是れ第一等の美質なり。天下の大難を定むる者は、此人なり。天下の大事を弁ずる者は、此人なり。剛明果断なるは之につぐ。其他、浮薄にして好みて任じ、能を翹てて自ら喜ぶは、皆、行い、遠ばざる者なり。即し諸を行事に見はせば、施為、術無く、反つて事を僨る。此等は只だ談論に科居る可きのみ。

 以下、訳文は、講談社学術文庫、荒木見悟訳によるものです。

 どっしりと沈着なのは、何にもまさる素質である。天下の重大な難局を乗り切れるのは、この人である。天下の重要な課題を処理できるのは、この人である。これに次ぐのは、しっかりとした見通しをもち決断力のある人である。その他、軽薄で出しゃばったり、能力を見せびらかして悦に入るのは、いずれも口ほどに実行が伴わない連中である。もし彼らを実務にあたらせたら、そのやり方は無鉄砲で、かえって物事をだめにしてしまう。こういう連中は実務にあたる資格はないのであって、ただおしゃべりする仲間においておけばよいのだ。

 豊田良平著の『古典を活学する』にも

「要するにこの章の深沈厚重と、この後章の安重深沈になるためには、どういうふうに気質を変えるべきかということを、あらゆる角度から説いているわけです」

 つまり、深沈厚重と安重深沈をほぼ同じ意味であるとし、これらの文に表れている思想こそが『呻吟語』の中心をなすというわけです。

 豊田良平は同書で深沈厚重について、

「この深沈厚重の深は、深山の如き人間の内容の深さであり、沈は沈着毅然ということです。厚重というのは重厚と同じで、重厚なる人ということです。重は重鎮する、つまりどっしりとしていて、物事を治めるということで、上に立つ人はそれぞれの立場において、重鎮することが必要です。換言すれば、その人が黙っていても治まるということです」

また、安重深沈については、

「この安重の安は人を安心させることです。人を安心させるということは、政治においても、企業においても最も大事なことです。あの人ならば安心してついていける、絶対に間違いがない、そういう人物のことです。

 論語に『老者は之を安んじ』とありますが、われわれも人を安心させ得る人物にならなければなりません。安岡先生(※注)の道を学んでいるものは、そういう人物になるように心を練らなければなりません。また安重の重は、さきほど述べましたように、重鎮するということであります」(※注‐安岡正篤のこと)

とあり、2つの言葉の多少の違いはあるものの、深沈厚重、安重深沈、このような人物になるためにはどうすればいいのか書かれているのが、『呻吟語』だというのです。

 さきほど訳文を提示したように、荒木見悟の『呻吟語』には、深沈厚重はないけれども、安重深沈の文はあるのです。どうせ似たような意味ということで、片方を削ったということは紙数の都合もあるだろうし、考えられなくもないでしょう。

 しかし、深沈厚重は「性命」の章に出ており、安重深沈は「品藻」であり、深沈厚重の方が先に出ています。しかも、深沈厚重の文は、前掲を見ていただくとわかるように、安重深沈よりも短く分りやすく示していると見られ、似たような意味であるから片方をはずしたとして、なぜ、深沈厚重をはずし安重深沈のみにしたのか、疑問が残るところです。

(つづく)

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