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September 11, 2009

がんばるということ6

虫はがんばっているだろうか。

とく晩夏のセミは、息絶え絶えに

がんばっているように

人間に聞こえるかもしれないが、

ただ、ひたすら、たんたんと

鳴いているだけではないか。

自分の力を出し切ろうとか、

そんなことは考えていないだろう。

獲物を獲る動物たちだって、

がんばるというよりも、ただ腹減ったから

ひたすら、獲っているだけではないか。

腹すかせている子どもたちのために

たんたんと獲物を追いかけている。

少なくともがんばろうなんて意識は

ないだろう。

おいかけて駄目だったら、

次の獲物を狙うだろう。

どこまでも、獲れるまで追う

ということはないだろう。

疲れたら休みであろう。

(つづく)

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Comments

こんにちは。

さすが桃太郎さん!
その静かな眼力というか、心の眼にやはり敬服します。

私などは、
儚いいのちがせつなくて懸命に鳴いてるように見えてしまい・・

深いところを見つめる眼・・うなってしまいます。
まだまだ修行が足りませんね。

では、また伺います。
                   raku-sa

Posted by: raku-sa | September 13, 2009 at 04:54 PM

raku-saさん

たびたびありがとうございます。
自分には過分なお褒めの言葉に恐れ入るとともに
感謝しております。

セミの声はたびたび聞いています。
ときおり、ほんの十数分ですが、
中村天風の心身統一道にある
安定打坐(あんじょうだざ)を心やからだの
健康のためにしてます。
ひとつの音に注意を傾けて“坐る”という
ものです。
ブザーや鐘を鳴らすのが普通ですが、
めんどうなので、夏や秋はセミなどの虫の声を
一匹にしぼってじっと聞いています。
すると、同じ種のセミでも個性があること
(心があるようにも聞こえます)、
一方で、息たえだえに聞こえる季節外れの虫も
苦しんでいるのではなく
今、できる(精一杯の)ことをしている
だけではないか・・・というそれまでとは
違った聞こえ方をするようになりました。

そもそも小さい頃虫取りを
かなりしたせいでしょうか、
虫の声を聞くのが好きで
夜、一人虫の声を聞いていると
無上の幸せを感じます。

というわけで
単なるもの好きなのですが
こだわりがあるだけに
頂いたコメントが嬉しく
感激しているとともに、
あえてその部分をご指摘くださった
御炯眼に頭が下がります。
これを励みに一層の精進をして参りたいと思います。

(長くなり失礼いたしました)

Posted by: 百太郎 | September 15, 2009 at 09:24 PM

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