昔の学者はよく人を受け入れた。
古の学者は、能く人を容る
(いにしえのがくしゃは、よくひとをいる)
『言志耋録』
昔の学者はよく人を受け入れることができ、人間の器が大きかったが、今の学者は見識も度量も狭い、むしろ学問をしない一般の人の方が特定の考えがないから人をよく容れることができる、佐藤一斎先生は江戸時代に嘆いている。
学問といっても知識の学問にばかりになってしまった現代では一層、一斎先生の嘆きは切実のものとなる。
人をよく容れることができるか、容れられないかが、真に学問を身につけているか否かのメルクマールになるのかもしれない。
その意味で私の学問はまったくなっていない。
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