December 03, 2008

睡眠削っても―人生を真剣に生きる1つの秘訣

世の中にはさまざまな

見方・考え方があり、

正反対のことを主張している人もある。

                                                                               

たとえば、

玄米を体にいいという人もあれば

なかには、よくないという人もいる。

                                                                                 

昔でいえば、

明治時代の

福沢諭吉の「痩我慢の説」。

勝海舟は、元幕臣でありながら、

新政府において爵位ももらい、

栄達していることを批判した。

ところが、勝は

                                                                                    

行蔵は我に存す。

毀誉は他人の主張。

我に与らずと存候。

                                                                              

新政府に出仕するも

しないも、自分の責任で

することだ。

謗るのも誉めるのも、

結局はそれをいう人の

主張に過ぎない。

と、相手にしない。

                                                                           

福沢諭吉と反対に

勝海舟が新政府で活動したことを

誉める人も中にはいたであろう。

                                                                                 

このように、

世の中は、

陰と陽、

男と女

・・・

と正反対のものでできている。

その両方を学び、

自分はどう対処したらいいのか

見方・考え方―見識を

培っていくことこそ、

人生の生きがいの一つであろう。

                                                                                    

前回の健康記事で、

「睡眠は大人で一日、

8時間はとるべき」

という西原博士の見解をご紹介した。

今回は、健康ネタではないのだが、

それとは反対の

睡眠時間を削るお話を紹介したい。

                                                                               

西田幾多郎、そして、西晋一郎門下に学んだ

哲学者であり、

国民教育の父と呼ばれる

教育者でもあった

森信三先生(故人)は、

こう述べられています。

                                                                            

睡眠というものは、

必要に応じて伸縮自在なるべく、

「何時間寝なければならぬ」

というような固定観念を打破して、

必要に応じては五時間、

三時間はもとより、

時には徹夜も敢えて辞せぬ

というくらいの覚悟が

必要でしょう。

そしてその場合大事なことは、

「昨夜は何時間しか寝ていないから、

躰に障わるに違いない」

というような考え方を

一擲して、

「ようし!!昨夜は

正味三時間半しか寝ていないが、

これで七時間、八時間も寝ていた

連中と同じ仕事をして、

一体どれほど遜色なくやってのけられるか、

ひとつ験めしてみよう。

それには全く絶好の機会だ!!」と考え、

全力を挙げて仕事と取り組むわけで、

これも人生を真剣に生きる上での

一つの秘訣といえましょう。

      『不尽片言』より

                                                                                    

睡眠時間を伸縮自在で生きられた

森信三先生は、96歳まで生きられた。

西原博士の睡眠時間8~9時間も

明快な理論の元に主張されている。

8時間以上を守るか、

伸縮自在にするか、

それとも別の立場をとるか、

は、その人次第であろう。

                                                                                                                               

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September 07, 2008

本当の世の中のため人のため

神にとって好ましい生き方とは、

その人が幸せだと思って暮らしていること。

その人がどう明るいか、

その人がどう生きるか。

世の中の暗い部分をあげつらって指摘する間に、

「ありがとう」をたくさん

言ったほうがよい。

本当の世のため、人のためという行為は、

自分の周りに優しさや温かさを

投げかけること。

まず自分が楽しく生きる、

ということです。

    小林正観著

『喜ばれる ~自分も周りも共に幸せ~』より

※太線は私がつけました。

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広い心

                                                                              

                                                                              

中学の卒業のとき

色紙に書いた言葉が

「広い心をもとう」だった。

                                                                            

クラスメートから、

「広い心って、どういう意味だよ」

とあきらかな悪意にもとづく

質問を投げかけられて、

ちゃんと答えられなくて、

「広い心ってなんだ?」

という問いが

いつまでもいつまでも

頭の中を廻るように

なった。

                                                                              

おかげでじゅうぶんに

「広い心」という言葉が

刷り込まれているはずにも

かかわらず、

アレから30年近くたった現在、

自分が「広い心」になれたとは、

とうてい認められないし、

むしろ、狭い心から脱しきれない

己というものをまざまざと

見せつけられている。

                                                                                    

ただ、かつてといまと

異うのは、

「自分が広い心ではなくはない」

というウソを自分にたいしてついて

いないことだけである。

率直にいえば、

以前、「おれは広い心なんだ」

と思い込もうとしていた時期があった。

今は、決して広くない、

受け入れられないものが

あまりにもあることを

認めている。

                                                                              

だからといって、

少年のころ、

色紙に書いた

「広い心」になることを

あきらめたわけではなく、

「広い心になりたい」、

「広い心のはずだ」と

意識し続けた頃より、

むしろ、

「己の狭量さ」を知ろうとしている、

今のほうが、

1ミリは近づけたのではないかと

たんなる錯覚かもしれないけど

信じている。

                                                                           

なぜならば、

「いやなことはいや」、

「いいことはいい」と、

「狭量さ」を見つめたところからしか、

人を受け入れられる

器は広げられないと気がついたからだ。

                                                                           

「おれはどんなことでも、

受け入れられるんだ」と

ウソをついている限りは、

いつまでたっても

そこにとどまったままだ。

                                                                            

一番、身近な人間である自分を

受け入れられない者に、

他人を受け入れられる

筈があろうか…。

                                                                              

さらに、今後は、

「自分」というものを

意識しすぎている限り、

その「枠」から抜け出られるはずがない

という観点から、

もっと心が広がっていくことに

身を任せるべきではないか。

そんなことを想っている。

                                                                                                                              

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August 25, 2008

使命を果たして死なむと思う

※「いのちのちから」更新しました。

「子供の一生を左右する!自分の興味or他からの強制?」

                                             

                                     

自分は、神からこの世でやるべき

“使命”を与えられている。

自分は、この“使命”を果たすために

生きているのだ。

そう強く念って、生きてきた。

その使命とは、

ワクワクすることであり、

人を楽しませ、喜ばせ、

自分も楽しみ、喜ぶことなのかもしれない。

逆に、

たとえ、どんな困難がともなうものであっても、

それが神からの“使命”であるならば、

しなければならない。

「命を使われる」の“使命”である。

自分の人間をかえ、

人間関係をもっとよくしなければと

思っているのも、

自分の“使命”がより明快になり、

“使命”を果たせるから、

という意味が大きいかもしれない。

「あの人は“あれ”、この人は“これ”、

自分は“○○”、・・・」の

“あれ”、“これ”、“○○”の中身こそが

その人の“使命”だから。

言い換えれば、

大気内や宇宙を舞う粒子のような

微小の一点であっても

“世界人類”、または“宇宙”の中で、

バランスを保つ存在としての役割がある。

その粒子がなければ、

世界は少なくともその粒子がない分、

変ってしまうのだ。

必要だからこの世界で、または宇宙で

小さくともポジションを得て

壮大な“つながり”の中で存在している。

その役割こそが“使命”である。

だから、もしも、

人々から孤立しなければ、

“使命”を果たせないというのならば、

甘んじてそれも受けるべきだ。

たとえ人間から孤立していたとしても

宇宙の秩序からは孤立していないはずだから。

実際に自分が“孤立”の厳しさに

堪えられるかどうかは別として。

「自分には必ず何らかの“使命”がある」

「神からの役目を果たして死にたい」

「この命を神に使われたい」

それが、過去も現在も

自分が生きていくための最大の

原動力である。

その「神から与えられた使命」とは、

なんであるか、それをより明快にしたい

というのが、

数年前より現在にいたる“最大の望み”である。

                                                                              

                                                                        

以下寺田一清著『森信三先生随聞記』より

(引用開始)

「みなそれぞれに〝天の封書〝をいただいているが、

 一生開かずに終わる人もある」

(中略)

「われわれ人間というものは、大宇宙意志によって

 この世へ生み出され派遣されたものといってよいでしょう」

ということです。

われわれ人間のこの世における第一の任務は、何ゆえ自分は、

 この地上に出現せしめられたのかを明らかにすることではないか」 

と端的に(※森信三先生が)説かれ、

しかもこの地上へ派遣せられた自らの使命感が、

死の寸前まで、深められるのが何より望ましいと、

願っておられます。

                                    

    

  (※)は私、百太郎による注。

(引用終わり)

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August 05, 2008

“独立”するために生まれてきた?

『オーラの泉』の江原さん流にいうならば、

今生に生まれるときに自分で決めたテーマは、

“独立”のような気がしてならない。

この自分の中にある“独立”という言葉の

イメージをわかりやすくするために、

一番いいと思われる表現が

「“孤立”ではない」である。

この世界では1人1人が、それぞれ異なった

なんらかの役目(仕事)を果たせるように

なっている。

その役目を果たしながら自分の足で歩き、

侵さず侵されず、

みんなと仲良く共に生きていくのが“独立”である。

“独立”は、決して、

みんなから離れて、たった一人

自給自足していく

“孤立”ではない。

自分の場合、

社会の中で自分の役目を果たすというより、

誰かの尻にしがみついて、“侵され侵し”ながら

生きていくか、

自給自足はできなくとも、みんなから離れ、

限りなく、

社会から“孤立”しているのに近い状態に

なるか、そのどちらかになってしまいがちである。

その両極端のどちらにも傾かない、

“中庸”こそが、

ぼくの中でイメージしている

“独立”した状態である。

自分がずっと追求してきた

“世の中のため、公のため、世界のため…”

すなわち

AのためでもBのためでもない、

ABを包含したより高い次元を目指す“

という生き方とは、単純に

“独立”したいということだったのかもしれない。

この“独立”を阻んでいるものは何か。

それが、自分の中にある“とらわれ”であり、

“心のクセ”であろう。

その“とらわれ”や“心のクセ”を乗り越え、

“独立”したい、“自由”になりたい

というのが今のスタンスである。

そうそう、自分にとって、

“独立”とは、きっと、“自由”という

意味でもあるのだ。

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August 01, 2008

笑顔でプラス思考?

書店で、

プラス思考できない人が

プラス思考できるようになるための

方法を描いていると思われる

タイトルの本を見かけたが、

そこまでして、プラス思考に

なる必要があるのか、どうか。

また同じく書店で、

笑顔の大切さを描いている

タイトルの本を見かけたが、

そこまで無理して、笑顔を

つくることがほんとうに

必要なのかどうなのか。

ここまで書いて、

まるで、自分が

プラス思考でも

笑顔の人間でもない

ことを露見しているようで

少し恥ずかしくなったが、

とくに笑顔については、

もうちょっとしたほうがいいとは

思うのだが、

年がら年中、

無闇に笑顔を作りたい

とはあまり思わない。

プラス発想し、笑顔に

なった方が、

幸せになるのかもしれないし、

人生ついてくるのかもしれない。

人も集まってくるのかもしれない。

でも、無理にプラス発想し、

笑顔を作ることは、

あるがままの自分を受け入れていることと

同じではないのではないか。

どうしてもマイナス発想してしまう

人がいるならば、

「それはそれでいいじゃないか、

受け入れましょう」

といえる人生の方が素敵に見えるし、

人間に深みが出てくるような気がする。

司馬遼太郎の

「竜馬がゆく」では、

晩年の坂本竜馬は思索に耽りながら

長崎の町を哲学者のような顔をして

あるいていたそうだ。

あえてニコニコと笑顔を作っていたら、

とてもじゃないけれど、

思索にふけることなどできないだろう。

南国土佐出身の底抜けの明るさだけでなく、

こうした陰影があるからこそ、

彼に魅力を感じてきたのだ。

確かに、坂本竜馬をリーダーとする

海援隊には、明るいだけが取柄のような

人間もいたようだが、

どうも薄っぺらくて

自分は魅力を感じられない。

笑顔もプラス思考も、

根底に「そのままでいいのだよ」と

あらゆるものを肯定し認める

というものがなければ、

単なるテクニックで、

形骸でしかないであろう。

現状がよくないからよくするために

プラス思考をしよう、

笑顔をつくろうということは、

悪いことではないのだろうが、

きっと

本筋からはずれいているのだ。

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July 23, 2008

人前でキョロキョロしている自分

人生の修羅場から

逃げている人間、

すなわち、

一つ一つのことに対して

責任をとっていない者は

人前で落着かず

人の目を気にして、

キョロキョロしている

という。

自分もよく

キョロキョロしている、

挙動不審であると

いわれたことがあった。

放送作家として

活動し始めていた頃、

あるパーティーの席上、

ホームビデオに気づかないうちに

撮られていたことがあったが、

ビデオに映されている

何か悪い事をやった人間のような

落着かない自分の動きを見て、

思わず目をそらしてしまった。

たしかに、衆人の中で

そわそわと落着かない

自分を強く感じていた。

心を平静に保とうと思っても

心のどこかで

どうしても動揺してしまう。

その頃だけではない、

今でもまだある。

ビデオに挙動不審な

自分が移され、他人からも

キョロキョロしてると

指摘された時期、

自分は社会的にそんなに

間違った

ことをしていたとは思えない。

それでは、何から逃げようとして

いたのだろう。

何に対して

責任をとっていなかったのだろう。

やはり自分だったのではないか。

自分のほんとうの気持から逃げ、

自分を裏切っている。

そういう人生を選んでしまって

いるにもかかわらず、

自分に対して責任を取れていない。

もしかして放送作家という

仕事を心底愛していたわけでなく、

他人へのその響きのよさを感じて、

ただ自分は“放送作家”だぞと

人に見せようとしていたのではないか。

もしかして、自分にとって

アクセサリーと化していたのではないか。

仕事は面白かったし、

好きな局面もたくさんあったが、

ほんとうの放送作家に

なりきれてなかった。

にもかかわらず、

人に見せようとしていた。

でも、自分ではちゃんとわかっている。

ほんとうの

放送作家ではないということを。

それを見つめることから自分が

“逃げている”ということを。

このことは

大した実績を上げられなかったことが

証明している…。

今書いたことは、

自分にとってまだ確信を持てていない

仮説の段階である。

少し自虐的な見方かもしれない。

ただ、今後は、

別に他人の目をひくような

肩書きや地位なんていらないから、

もっと人まえで堂々とできる、

いやもう、どんなところでも、

ただ普通に振舞え、

決してキョロキョロと落着かないことが

ないような

人生を歩みたいものだ。

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July 19, 2008

なぐさめやアドバイスを求めていない

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